【無料お試し読み】世界で通用する正しい仕事の作法

4つのカラーで人を知る、組織を活かす、世界と通じあう

good.book発行書籍の中身をお見せします。興味を持っていただけましたら書籍版もよろしくお願いします。

※書籍版は下記リンクよりご覧ください。

Amazon書籍ページ(電子書籍)

Amazon書籍ページ(印刷書籍)

仕事をしている多くの人にとってもはや必須となった「グローバル・マインド」や「ダイバーシティ・マインド」の本質を体得し、それを仕事に活用していただくための必携の本です。

序章 「世界に取り残されている日本」を認識することからすべては始まる より


 21世紀を迎えてからというもの、世界のどんな国や地域で仕事をする人びとも、次のような課題にぶちあたっています。

「ビジネスのグローバル化に、どう対応すればよいのだろうか」

「ダイバーシティ・マインド、つまりいろいろなタイプの人たちとうまくやっていく精神を、どう身につけたらよいのだろうか」

 仕事の舞台が「世界」となり、仕事仲間、顧客、ライバルが「世界」の人たちとなりました。ビジネスのグローバル化に対応しなければならないのは必然といえます。また、仕事の舞台が「世界」になれば、いままで出会ったことのないようなタイプの人たちと仕事で関わることになるので、ダイバーシティ・マインドを身につける必要性も当然、高まってきています。

 これらの課題に対して、世界の人たちは一生懸命に取り組んで、ある程度、克服してきました。たとえば、アジアでは、中国系やインド系の人たちが2000年代後半ごろから、グローバル化やダイバーシティはあって当然のものとする仕事のスタイルに、自分たちを順応させていきました。その結果、いまでは彼らは世界におけるビジネスの中心的存在になっています。世界を舞台とする仕事に通用する、洗練された人たちが現れています。

 グローバル対応やダイバーシティ・マインドの醸成に成功した人びとがいる一方で、いまもなお「ビジネスのグローバル化に、どう対応すればよいのだろうか」「ダイバーシティ・マインドをどう身につけたらよいのだろうか」という壁にぶちあたったまま、克服できないでいる人たちがいます。

 多くの日本人です。

■日本人は世界で通用できない問題を三つ抱えている

 私は、1991年に就職して以来、シンクタンクやコンサルティングでの業務を通じて、世界のさまざまな国・地域に出張し、アメリカの人、ヨーロッパの人、アフリカの人、アジアの人、そのほか世界中の人びとと接してきました。

 かなりの国の人びとが、グローバル化の流れにどうにかして対応し、ダイバーシティ・マインドを身につけるよう変化してきたと実感しています。

 けれども、日本の人びとの多くは、その流れに付いていくことができず、いまの世界で通用する働き方からは取り残されてしまっています。

 もちろん、なかには、グローバル化やダイバーシティ・マインドの大切さを強く意識して、自分自身や自分の所属する組織を鍛え、うまくこなせている人もいます。しかし、全体的な傾向として、とりわけ21世紀に入ってからというもの、世界の人びとの変化に取り残されてしまっているというのが、私の実感です。

 どうして、日本人は、世界を舞台とする仕事に通用できていないのか。そこには、三つの問題が横たわっています。

■日本の問題①――インサイド・アウトから脱せない

 一つ目の問題は、「日本人は、インサイド・アウトでのものの見方から脱することができない」というものです。

「インサイド・アウト」とは、「インサイド」つまり「自分たちの内側」で通用しているものの考え方に、「アウト」つまり「自分たちの外側」に存在するものごとを合わせてみようとすることです。

 たとえば、日本の本社で管理職をしている社員が、海外の現地法人に行って会議に臨むとします。この人にとって「会議」といえば、これまで日本で自分が経験してきた会議のイメージしかありません。ところが、現地法人での会議は、日本に特有な沈黙がしばらく続くといったものでなく、ファシリテーター役が進行をして、てきぱきと出席者たちが方策案を示していく洗練されたものでした。しかも、その会議の方法を、本人以外の参加者たちは当然の流れと受けとっているようです。結局、この人は、議論で一度もリーダーシップをとることができず、四苦八苦しました。

 そして、出張を終えて日本に帰ってくると、この人は同僚たちにこう伝えたのでした。「あいつらったらさ、うちらがやっている会議のやり方をまるでしないんだよな。日本から俺が出張までして会議に出たんだから、もっと俺に合わせろっていうの」。

 自分たちの内側で行われている方法を中心に据えて、自分たちの外側で行われている方法がちがうことに違和感を覚える。これは、インサイド・アウトのものの見方の典型です。

 世界には、日本人である私たちが「(日本での経験からして)こうあるはずだ」と想定する範囲を超えるようなものごとの考え方ややり方があります。世界は日本だけでなく、さまざまな国で構成されているのですから、これは当然のことです。

 国だけではありません。自分自身が「(自分の経験からして)こうあるはずだ」と想定する範囲を超えるようなものごとのやり方や考え方を、自分以外の人たちはします。人びとは自分とはちがうのですから、これも当然のことです。

 ところが、日本の人たちは、グローバル化が進み、ダイバーシティのある仕事環境が広がるなかで、いまもなおインサイド・アウト的なものの見方から脱することができないでいます。インドで行われている方法や、アフリカで行われている方法に対して、「自分たちのやり方とちがう」といった感覚を抱いています。

 インサイド・アウトに対するものの見方としてあるのが、「アウトサイド・イン」です。自分の外側の世界、つまり「アウトサイド」で行われている方法を中心に据えて、自分たちの内側「インサイド」で行われている方法をそれに順応させていくといったことを意味します。前述した、現地法人の会議で四苦八苦した人物を例にすれば、現地で行われているグローバルな会議の方法を心得ておき、自分の会議での振る舞い方を、そのグローバルな方法に合わせていくことが必要だったのです。

 たしかに、会議を含め、仕事のしかたが、どちらかというと欧米のスタイルを基本としたものであることは否めません。欧米の人たちにとっては「自分たちの仕事の方法」が中心になっているわけで、私たちよりも有利な立場にあるといえなくもありません。

 しかし、そういう状況が、現実として存在する以上は、それに対応していかなければなりません。試行錯誤のなかで勝ち残ってきた方法というものは、どんな国や地域でも当てはまる可能性が高いともいえます。

 日本人は、ものの見方をインサイド・アウトのままにとどめ、アウトサイド・インに変えることができないでいる。これが、まず一つ目の問題です。

■日本の問題②――ロスト・イン・トランスレーション

 日本に横たわっている二つ目の問題は、「日本人は、ものごとを理解するときロスト・イン・トランスレーションに陥っている」というものです。

「ロスト(lost)」は「失われる」の意味で、「トランスレーション(translation)」は「翻訳」の意味ですから、「ロスト・イン・トランスレーション」を直訳すると「翻訳において失われる」といった意味になります。

 ある文や言葉を、べつの文や言葉に訳そうとするとき、訳す前の文や言葉の意味しているものを、完全に訳した後の文や言葉に移すことができないときがあります。たとえば、英語のseeという言葉を、日本語では「見る」と訳すのが一般的です。しかし、seeの原義は「目に入るものを、見る」といったものであり、seeをただ「見る」と訳すと、「見える」や「気づく」といった意味合いは失われてしまいます。このように、ある文あるいは言葉を、べつの文あるいは言葉に移すときには、意味が「失われる」ことが起きるのです。

 いまの説明は、言語についてのものでした。しかし、「ロスト・イン・トランスレーション」は、翻訳や通訳などだけに当てはまる話ではありません。ものごとを理解したり解釈したりするときの行為でも、ロスト・イン・トランスレーションは生じ、その問題に陥っている人びとがいます。 

 たとえば、ある日本企業につとめる幹部候補の社員が、世界的なビジネススクールとして知られているスイスの国際経営開発研究所(IMD)で研修を受けてくるように会社から指示されたとします。実際、その社員は、IMDのリーダーシップ育成プログラムを受けました。講師は外国人で、プログラムのテーマは「グローバル・リーダーシップの発揮のしかた」。一通りの研修を受けて、この社員は日本に帰ってきました。

 ところが残念なことに、この社員は「講師の話を、自分の会社での状況に置き換えてみたらどうなるだろうか」ということばかりにとらわれてしまっていました。講師の話す内容に対して、自分にとって都合よいものだけ「なるほど、おもしろい」と興味をもち、自分にとって都合の悪いものは、なにも関心を寄せることがありません。「自分の会社での状況」に当てはまりそうにないものについても聞き流してしまいました。

 この社員にも、IMDの研修プログラムを受けて、それなりに得られるものはあったでしょう。しかし、その得たものとは、この社員が勤務している会社のなかだけで効果が発揮されるものに限定されてしまっています。講師が伝えようとしたメッセージと、この社員が受けたメッセージの間で、ロスト・イン・トランスレーションが起きたからです。

 この社員の場合もそうですが、日本の人びとは、得てして自分がロスト・イン・トランスレーションを起こしていることを認識しないまま、得られたスキルに満足してしまっています。しかし、グローバルな視点からすると、この社員が得たものは、全体のごく限られた一部のスキルにしかすぎず、それだけで世界に通用することにはなりません。「自分の会社の状況」に当てはめるようとすることなく「なんでも吸収しよう」と考えていれば吸収できたものを吸収できなかったのです。

 ロスト・イン・トランスレーションの問題から起きる弊害は、世界を舞台に仕事をするときに現れます。たとえば、アフリカで交渉をすることになり、現地の人がある製品を「2万円を出せば売ってやる」と言ってくるとします。これに対して日本人は、さすがに「2万円は高すぎるな」と感じて、「もう少し値段を下げてくれ」と頼みます。相手は、「ならば1万8000円でどうだ」と言ってきたので、「よし、それなら買う」と応じて1万8000円を支払いました。

 この日本人は、「値切り交渉をして、値を下げてくれたのだから、成功した」と喜んでいます。しかし、グローバルな視点では、この交渉は失敗です。「2万円で売ってやる」と言われたものに対しては、すくなくとも「半額にしろ」と応じるのが定石だからです。相手は「ならば1万2000円でどうだ」と言ってくるので、「もっと安くしろ」と言い返し、結局、1万1000円で決着をするといったことが、とくに新興国のような場所での交渉では日常的です。

 この日本人は、世界における交渉の方法論を得る機会はあったかもしれません。「提示額に対しては半額以下で応じろ」と。ところが、「半額以下で応じろ」というグローバルな交渉のしかたを学ぼうとせず、「額が少しでも安くなるように応じる」と都合よく解釈し、行動してしまったのでしょう。日本的な交渉に当てはめて理解しようとし、ロスト・イン・トランスレーションに陥ってしまったのです。

 ロスト・イン・トラスレーションの問題は、日本の社会的問題ともいえます。1990年代、アメリカでビジネスコンサルタントとして活躍したジム・コリンズと、組織論の専門家であるジェリー・I・ポラスが共著書を出しました。原題はBuilt to Lastといいます。Lastはここでは「継続する」の意味であり、原題は「継続するために建てられた会社」といった意味になります。

 ところが、この本が日本で出版されたときは、『ビジョナリー・カンパニー』という邦題があたえられました。「ビジョンをもっている会社は継続する」といった意味合いです。本の内容自体は、もちろん原書と翻訳書で大きく変わることはありませんが、書名が大きくちがっています。日本人は『ビジョナリー・カンパニー』という書名だけ覚えているので、海外の人とこの本について話題にしようとするとき、「コリンズとポラスの『ビジョナリー・カンパニー』はお読みですか」と伝えて、海外の人からは「そんな本、出ていたっけ」と、いぶかしがられるといったことがしばしばありました。象徴的なロスト・イン・トランスレーション問題といえます。

■日本の問題③――アンコンシャス・バイアスをもってしまう

 三つ目の問題は、日本人特有とまでは言えないものの、日本人も抱えつづけたままでいる問題です。それは、「アンコンシャス・バイアスをもってしまう」というものです。

 アンコンシャス・バイアスは、「無意識の偏見」とも表現されます。「こうあるべきだ」と考える理性とはまた別に、「自分とはちがう」と感じている対象を、受け入れまいと働く無意識の心理といえます。

 たとえば、外資系企業に、管理職として転職してきた日本人がいるとします。新たな職場で新たな部下たちを率いて仕事を始めようとしていたところ、自分のチームの部下に、かなりの割合で障がいを抱えている社員がいることを知りました。その社員たちのもっている障がいは、仕事に支障をきたしたり、通常のコミュニケーション方法では意思疎通ができなかったりするものです。実際、管理職としての仕事を始めると、転職前の会社のときよりもチームとしての作業に時間がかかることを認識しました。この人物はストレスを感じるようになり、無意識のうちに、チームの運営を、障がいをもつ社員たちと健常な社員たちで分けてしまうようになりました。上司からは「社員それぞれ特技がちがうのであって、それを生かせないのは君のマネジメント力不足だ」と指摘されました。この社員は日頃、車椅子の人が電車に乗ってきたら、通り道を広く開けたりするなど、社会人としてふさわしい振る舞い方をしてきたつもりでした。

 しかし、意識に現れでないようなところでは、この社員たちに「自分とはちがう」ということを感じており、それがチーム運営に現れてしまったのでしょう。

 このような説明をする私自身も、アンコンシャス・バイアスを抱いていることを実感するできごとがありました。

 アフリカ南部のある国で、現地の大学のビジネススクールに招かれて講義をする機会がありました。学生たちのなかに一人、ビジネスマン出身で、「将来、グローバル・カンパニーのリーダーになりたい」という大志をもつ人がいました。とても向学心があり、私の講義を熱心に傾聴し、積極的に質問もしてくれました。

 彼が親しげに私に近づいてきてくれたとき、私は彼の手に膿(うみ)があることに気づきました。それからというもの、私は彼が素晴らしい学生であるということ以上に、膿があることが気になってしまい、いつしか彼を直視して話すのができなくなってしまったのです。残念な自分がいました。私のなかにも、「自分とはちがう」という、アンコンシャス・バイアスが働いていたのです。

 アンコンシャス・バイアスの問題は、ダイバーシティのある社会環境になっていくにつれて、その根深さが浮き彫りになってきています。人が、ダイバーシティのある仕事環境で活躍しようとすればするほど、「自分とはちがう人がいる」という課題に直面することになります。この考え方を変えないかぎり、アンコンシャス・バイアスの問題に対応することはできません。いくら立派な教育プログラムを受けているとしても、従来の〝グローバルでない〟価値観から脱することはできません。

 この問題を克服することは、ダイバーシティのある組織で仕事をする上での根本的な課題といえます。

…続きは書籍版にてご覧ください!

Amazon書籍ページ(電子書籍)

Amazon書籍ページ(印刷書籍)

Amazon以外のストア(楽天、honto、他)でのお買い上げはこちらからご覧ください。

グーテンブック(good.book) | 紙と電子の出版サービス

グーテンブック(good.book)は次世代の出版スタイルを作ります。半自動書籍化システム&デジタル流通が「これまでになかったコンテンツ」を世の中にお届けします!