【無料お試し読み】 おもてなし経営はじめの一歩
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おもてなしは日本流経営の原点であり、
現代企業にイノベーションをもたらす経営ソリューションでもある。
7割を超える経営者が注目する「おもてなし経営」の本質と経済効果を豊富なデータで解き明かす。
『おもてなし経営はじめの一歩』一章より
今「おもてなし」が熱い
「おもてなし」というキーワードが日本中で熱い盛り上がりをみせています。オリンピック招致の最終プレゼンテーションで見せた「お・も・て・な・し」のパフォーマンスが、にわかに熱狂をつくったのは間違いありません。
しかし、実はそれ以前から経済系テレビ番組や経済誌などで、特集されるなど、おもてなしのメディア露出は少しずつ増えていました。つまり、おもてなしという言葉に日本のビジネスパーソンが注目を集めはじめていたタイミングで、あのオリンピック招致のプレゼンテーションがあったため、一気に「おもてなしブーム」が発生したのでしょう。
このおもてなしへの注目の高まりは、生活文化的な側面だけでなく、わたしたちのビジネスにも影響を与え始めています。
ほんの数年前までは、おもてなしという言葉がビジネスで使われるケースは店頭スタッフの接客や応接、ビジネスマナーなどの研修テーマなど、対象職業も実施範囲もかなり限定的でした。しかし、今やおもてなしは、経営課題として、戦略的マーケティングの切り札として注目を集めるようになったのです。
では、おもてなしへの関心が高まってきたのはいつ頃からでしょうか?ウェブ検索で「おもてなし」というキーワードで検索された回数をこの10年間を対象に比較してみました。
グラフを見ると2010年あたりから検索回数が徐々に増加していることがわかります。もちろん、全てがビジネス目的の検索ではありませんが、ここ数年間で「おもてなし」というキーワードへの注目が高まっていることは確実です。2013年に急激な検索回数の増加が見られますが、これは「県庁おもてなし課」という映画が公開されたことと、先ほど述べたオリンピック招致でのパフォーマンスの影響が大きいと考えられます。
ただ、こうした瞬間的な伸びを抜きにしても、おもてなしというキーワードがこの数年の間にじわじわと注目を集めるようになっていることは間違いありません。
日増しに注目を集めてきたおもてなしですが、その中でもとりわけ熱い視線を向けている人たち、それが経営者です。
おもてなしは、もはや経営課題である
筆者は株式会社OMOTENASHIという会社を経営しています。コンサルティング業という仕事柄、さまざまな企業の方々とお会いする機会があり、その度にOMOTENASHIという社名の書かれた名刺を渡すのですが、このOMOTENASHI(おもてなし)というキーワードにもっとも敏感に反応するのが経営者の方々です。
「いいところに目をつけましたね」という反応や、ときには「目ざといですね」という言葉をいただくこともあるように、まるで、流行語を目にしたような反応をとるのです。なぜ、経営者はおもてなしに注目するのでしょうか?
経営者は職業柄、他のどんな職種よりも業績や成果に厳しい目を持っています。さらに、経営者は誰よりも数字を重視する人でもあります。そんなシビアかつドライな経営者が、なぜ、日本の文化であるおもてなしに熱い視線を向けているのでしょうか。
その謎を解くために筆者たちは、おもてなしへの注目が高まる2013年に国内4400人の経営者を対象に「おもてなしに対する調査」を実施しました。
その調査の結果、実に興味深いことがわかりました。経営者にとっておもてなしは「注目している、気にしている」というレベルではなく、多くの企業において経営課題として認識されていたのです。
「おもてなしの強化を企業経営においてどのように位置づけているか」という質問に対して28・9%の経営者が、おもてなしの強化を経営課題として取り組んでいると回答しており、今後の経営課題として取り組むべきと回答した経営者が15・0%という結果になりました。
双方の割合を合わせると、実に国内経営者の43・9%がおもてなしの強化を経営課題として認識していることになります。
また、現場レベルでの改善課題としておもてなしに取り組んでいる経営者が16・8%、今後現場課題として取り組む予定の10%の経営者まで含めると、経営者の七割がなんらかの形で「おもてなし強化へ取り組むべき」と認識していることになります。この結果を見ると、たしかに「いいところに目をつけましたね」という経営者の方々の反応に納得できます。経営者の感覚ではOMOTENASHIという企業名は、時流に乗った目ざといキーワードに見えるのでしょう。
このおもてなし調査では、経営者がおもてなしを強化することへの手応えを強く実感していることもわかりました。
おもてなしの強化に経営課題として取り組んでいると回答した28・9%の経営者に対して「おもてなしの強化は企業の健全な発展に貢献しますか?」と聞いたところ、94・4%が「貢献する」と回答しています。
つまり、経営課題としておもてなし強化に取り組んだほぼ全ての経営者が、おもてなしの強化は企業の健全な発展に貢献するという手応えを感じていることになります。
経営者にとって、おもてなしは企業の発展や成長、すなわち継続的な収益確保をもたらす経営課題の解決策になる、もしくは解決策として強い期待を持てる存在として認識されているのです。
なぜ、経営者はおもてなしにここまで熱い期待を寄せるのでしょうか。
おもてなしは「まこと」の精神から生まれる
「おもてなし」の語源や起源には諸説ありますが、今から400年以上前の戦国時代には、すでにおもてなしが存在していたようです。
日本人には「わび・さび」という独特の美意識があります。華美なものよりも質素なものに美しさを見出す「わび」を広めた一人が戦国時代の茶人、千利休です。この千利休が広めた「わび茶」の有名な格言に一期一会という言葉があります。「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今できる最高のおもてなしをしましょう」(ウィキペディア)この一期一会の心得は、まさに現代のおもてなしに通じる「おもてなしの源流」とされています。
また、能楽などに伝わる「亭主が客に与えるのではなく、亭主と客が一体となり、ひとつの時間・空間を一体となって創り上げることが大切である」という意味の一座建立という言葉も、古くから伝わるおもてなしの教えです。
一期一会や一座建立という言葉はいずれも、客に与えることや一方的に振る舞うことではなく「お互いが尊重し合い、主客が一体になり心を合わせる」ことを重視しています。つまり、本来のおもてなしとは、単に丁寧な応接のことでも提供サービスの質を高めることでもなく、真摯な気持ち、誠心誠意の気持ちで相手に向き合い、相手と心を通い合わせることだとされてきたのです。
誠心誠意の心や嘘偽りのない真摯な気持ち、相手を尊重する姿勢など、おもてなしの本質を成すもの、それらを一言で表すならば「まこと」という言葉が適切かもしれません。
わたしたち日本人は、日本中のいたるところで、さまざまな形のおもてなしを体験することができます。そこには決まった形もルールなどありません。しかしその底流には、きっとわたしたち日本人が大切に継承してきた「まこと」の精神が息づいているに違いありません。
日本のおもてなしが世界に賞賛される理由として、特別なトレーニングや教育を受けなくても、ごく自然に相手が心地よいと感じるコミュニケーションができると言われています。おそらくおもてなしに不可欠な「まこと」の精神が日本人のアイデンティティとして深く根付いており、だからこそ、多様な場面においても、ごく自然に心地よいおもてなしができるのではないでしょうか。
では、なぜ日本の経営者は、日本人のアイデンティティの結晶であるおもてなしを経営課題として受け止めているのでしょうか。
それはおそらく、めまぐるしく変化する事業環境、そして今まさに大きな転換点を迎えている日本企業の経営者に対して向けられた「これから、わたしたち日本企業は顧客とどう向き合うべきか」という問いに対する答えにあるのではないでしょうか。
企業運営の根幹となるマーケティング活動
いつの時代も、「企業は顧客とどう向き合うべきか?」という問いは企業経営においてもっとも重要な課題のひとつです。
突き詰めて考えると企業の収益は顧客からしか生まれません。全ての企業にとって顧客はもっとも重要な資産であり、顧客との関係性を健全化させることは、経営基盤を安定化させることにつながります。したがって企業と顧客の関係性をどのように適正化するかという課題は経営者のみならず、企業にとってきわめて重要な課題です。
この課題を解決するための活動がマーケティングです。マーケティングという言葉は人によって解釈が異なる、定義が難しいビジネス用語です。ある人はマーケティングという言葉から消費者ニーズを調査するマーケティングリサーチをイメージするでしょうし、ある人は商品やサービスの企画を考える仕事をマーケティングだと思うでしょう。また、広告宣伝や広報といったプロモーションこそがマーケティングの実態だと捉える人もいるでしょう。
企業のマーケティング部門ひとつとっても役割は会社によって違うため、ひとつの言葉で定義するのは容易ではありませんし、唯一の正解があるとも思えません。
「マーケティングは顧客の創造である」という言葉もありますが、この言葉はやや哲学的すぎる感があるので、本書ではマーケティングとは顧客との関係性(リレーションシップ)を通じて収益を創出する活動であると位置づけて進めます。
リーチを広めてより多くの顧客と関係性を構築できれば、顧客数が増えることによって収益は増加しますし、顧客とより深く長い関係性を構築できれば、顧客生涯価値(ライフタイムバリュー)が増大することによって収益を高めることにつながります。
誰とどのように関係を結ぶのか、どのように顧客との関係を深めるのかという経営戦略の基礎中の基礎となる活動がマーケティングです。
どんな企業であっても、顧客がいない企業は存続することができません。したがって、マーケティングは企業運営の根幹となる必要不可欠な活動です。
もちろん、マーケティング部門がない企業や、マーケティングという言葉を使わない企業、マーケティングという概念が存在しない企業もあるでしょう。だからといってその企業がマーケティング活動をしていないわけではありません。
営業や販売、販促や製品企画など名称は違ったとしても、顧客との関係性を構築し収益を獲得する業務は存在します。そして、それらの業務は基本的にマーケティング活動の一環として行われているのです。
顧客をつくるための営業活動だけでなく、顧客のクレームや問題を解決するカスタマーサポートもまたマーケティング活動です。
企業の「おもてなし研修」などは、こうした顧客との関係を維持するためのマーケティング活動の一環として行われてきたのです。
新たな顧客を1人獲得する活動と、1人の顧客をつなぎとめる活動はどちらも同じく顧客基盤を安定化させる活動です。
新たな顧客を1人獲得する代わりに、1人の顧客を逸失してしまえば結局プラスマイナスゼロになってしまいます。だから、日々の活動を穴の空いたバケツに水を汲み続けるような徒労に終わらせないためにも、カスタマーサポートなどの顧客応対は重要なマーケティング活動のひとつなのです。
顧客獲得至上主義から生まれる差別化志向
そんなマーケティングにおいて日本の企業が圧倒的に重視してきたことが新規顧客の獲得です。
過去から現在に至るまで、日本におけるマーケティングの主流は常に新たな顧客を発見して獲得することであり、マーケティングという言葉はそのためにあったと言っても過言ではありません。
国内経営者の46・8%にあたるおよそ半数の経営者が、最優先の経営課題は新規顧客の開拓であると回答しているように、マーケティングと言えば新規顧客の獲得活動であり、もっとも重要な活動だと位置づけられてきたのです。
当然、新規顧客の獲得を目的に予算と組織が編成されるため、国内企業のマーケティング予算の多くが新規顧客獲得のために配分されてきたのです。
手厚く配分された予算を使い、新規顧客の獲得を実現するために多くの企業が重視してきたのが他社との差別化です。
価格や性能、カラーバリエーションからキャッチコピーに至るまで、商品企画から売り場づくりなど、さまざまな領域で他社との差別化を図ってきました。
差別化に力を入れてきた背景には競合との競争があります。
競争に勝つために常にライバル製品をベンチマークして、少しでも競合よりも優れた商品・少しでも優れたサービス、そして少しでも優れた広告をつくることに大量の予算と人員が投下されてきたのです。
数々の戦略論を世に提示してきた戦略の大家、マイケル・ポーターが提唱した競争戦略には、差別化戦略のほかに、コストリーダーシップ戦略とニッチ(集中)戦略があります。
コストリーダーシップ戦略は、他社よりも低いコストでのビジネス運営を可能にすることで価格優位性を持つこと、わかりやすく言えば同じ価格でも他社よりも利益を確保できるから、より低価格で販売できる戦略です。
ニッチ(集中)戦略は、ニッチなニーズやニッチ市場にフォーカスすることで自社のシェアを確保して収益を上げる戦略です。
そして差別化戦略は、他社が持たない特異な差別化要素を活かして業界にポジションを確立し、顧客を獲得するというものです。
本来であればこれら3つの競争戦略は、企業・製品やサービス、そして市場の特性に応じて適切に選択することが重要とされています。しかし、日本の企業は本来の差別化戦略が目指す、業界内に特異なポジションを確立するという本来の戦略とは異なる意味で、とにかく他社との差別化にこだわるあまり、行き過ぎた競争をしてしまう傾向が強いように感じます。
たとえば、製品やサービスの価格を決める場合でも、戦略的に差別化できる価格ではなく「少しでもライバルよりも安く」することで差別化することを重視してしまうのです。
一例として日本の牛丼チェーン業界の価格競争があります。牛丼チェーン各社のうち、一社でも価格を下げると軒並み各社がその価格に合わせて値下げをするという価格競争を繰り返すことで、販売価格の下落に歯止めがかからなくなり、結果的にほぼ全ての企業が業績を悪化させてしまったことなどは、「少しでもライバルよりも安く」といった過剰な差別化主義による泥沼競争がもたらした結末ではないでしょうか。
もうひとつわかりやすい事例が、日本の携帯電話市場での競争です。スマートフォンが普及する以前の携帯電話市場は、NECや富士通、東芝やソニーなど日本を代表するメーカーが、こぞってお財布ケータイや着信メロディ、カメラや液晶などの機能を競い合い、他社と差別化するためにさまざまな機能やアプリケーションの開発にしのぎを削っていました。
その結果、日本の携帯電話がガラパゴスケータイ(ガラケー)と称される独自の進化を遂げた歴史はみなさんもよくご存知でしょう。
この競争の結末はどうだったでしょうか。
少なくとも、消費者の視点から見て、スマートフォン市場におけるアップルのようなポジションを獲得したブランドは存在しなかったように見受けられます。機能や性能の差別化合戦は、いわゆる顧客不在の争いに終始した結果、勝者不在で終わったのではないでしょうか。
こうした競争からは、残念ながらまったく顧客に対するおもてなしの心を感じ取ることはできません。居並ぶライバルたちから抜きん出るパワーゲームに興じる人にとっては、「まこと」の精神から生まれる顧客との精神交流など、あまりにセンチメンタルすぎるのかもしれません。
近頃は、家電製品を差別化するためにクラウドネットワークとつながる家電なども登場しています。スマートフォンを洗濯機にタッチすることで洗剤や柔軟剤を投入できるクラウド連携洗濯機などは、まさに差別化すること自体が目的となっているような事例と言えるでしょう。たしかに、機能という面で差別化することはできるのかもしれません。しかし残念ながら、そこには存在すべき顧客の姿が見えてきません。顧客にとっての価値よりも、ライバルとの差別化が優先された製品が、果たして顧客から選ばれることがあるのでしょうか。
差別化して競合より優れたものをつくれば、優れているのだから顧客に選ばれるはずだ。このロジックは明らかに顧客獲得至上主義の弊害であり、マーケティング活動から顧客という存在を忘れさせる危険な考え方です。しかし、このロジックに囚われ続ける企業が後を絶たないのは紛れもない事実です。
顧客は決して差別化された製品やサービスがほしいわけではありませんし、必ずしも優秀な商品を選ぶわけでもありません。しかし、競争に勝つことを至上命題にするマーケティングでは、こうした当たり前のことに気づかず、ライバルとの競争に明け暮れてしまうことがあるのです。
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